山口県出身・ゆかりの有名な画家たち(日本画から洋画、過去から現在まで)

今回は、山口県出身の、あるいはゆかりの画家たちの中でも、特に有名な画家たちを日本画、洋画、過去、現在を問わずご紹介します。

雪舟(せっしゅう)

1420年生まれ、1506年没。

出生は備中国(岡山県あたり)ですが、後に周防国(山口県)に移住し、全盛期の創作活動を行いました。

 

山口県の画家といえば、一番最初に紹介しなければならないのはこの人!

雪舟(せっしゅう)です。

日本人なら、この名を聞いたことが無い人はいないでしょう。

 

雪舟は室町時代に活躍した水墨画家です。

雪舟のほぼ全ての作品は山口で作られたものです。

それにちなんで、山口には常栄寺雪舟庭や、雪舟と雪舟派の作品を多く保有する山口県立美術館など、雪舟にちなんだスポットが多くあります。

最近では雪舟神社も建設予定だそうな!?

 

もともとは僧侶であり、京都相国寺で修行しました。

僧侶の道で身を立てるつもりが、相国寺では上手くいかず、行き詰っていたところ、心機一転、周防国(山口県)に渡り、大成功をおさめました。

 

絵は、遣明船に同乗して明(中国)に渡り、李在という画家に師事しました。

今では、日本画の神として神格化されるほどのカリスマです。

『束帯天神図』(山口県立美術館蔵)

大胆にズバッと殴りつけたような太い線と、女心のように繊細な薄墨で描く、その豪快なダイナミックレンジが絵に魂と生命力を吹き込みます。

雲谷等顔(うんこく とうがん)

1547年生まれ、1618年没。

佐賀県出身ですが、その後、山口の毛利氏のお抱え絵師になりました。

 

雲谷等顔は途絶えていた雪舟の表現を復興させました。

今では、「雪舟を継いだ男」としてその名を馳せています。

画像:wikipediaより

雲谷派の開祖でもあり、雲谷派は雲谷等顔の子孫を中心に江戸時代まで連綿と続きました。

こうして、雪舟の意思は等顔に受け継がれ、等顔の意思は息子たちに受け継がれていったのです。

そこに歴史と人生のロマンを感じますよね。

 

その表現スタイルは、雪舟が打ち立てた、水墨画の技法に忠実です。

違いとしては直感的に書き上げたような雪舟の作風に対し、等願の作風は極めて理知的に「ねらって」描かれています。

細かなニュアンスにまで気を使っており、いわゆる「線の数が多い作品」が多いです。

『群馬図屏風』(山口県立美術館蔵)

狩野芳崖(かのう ほうがい)

1828年2月27日生まれ、1888年11月5日没。

現代の下関市出身。

 

狩野芳崖は河鍋暁斎、菊池容斎らと共に狩野派の最後を飾った絵師です。

幕末から明治期の日本画家で近代日本画の父と呼ばれています。

 

雪舟や雲谷派など、伝統的な日本画の流れを受け継ぎながら、晩年は西洋画の技法である空気遠近法や明暗対比などを取り入れた新しい日本画の創造を目指しました。

『悲母観音』(東京芸術大学蔵、重要文化財)

『悲母観音』は狩野芳崖が死の4日前に完成した最後の作品で、最高傑作とされています。

見ての通り、色彩感覚が豊かで、神々しい作品です。

 

他にも、神仏をモチーフにした作品を多く残しました。

高島北海(たかしま ほっかい)

1850年10月31日生まれ、 1931年1月10日没。

長門出身。

 

もともとは農商務省の技術官吏でした。

公務員でしたが、彼の仕事は絵を書くことでした。

行政の地質調査の際、山岳などのスケッチを描いていたのです。

 

その後、48歳で退職、53歳で上京し、画家になりました。

『高嶺深谷図』(山口県立美術館蔵)

技術官吏の経験もあってか、作風は極めて写実的で、リアルです。

山水図などの風景画を得意としています。

松林桂月(まつばやし けいげつ)

1876年8月18日生まれ、1963年5月22日没。

山口県萩市生まれ。

 

日本画の文脈をベースに、写実的かつ幻想的な作風が特徴です。

西洋画のようなはっきりとした色彩感覚を取り入れたり、コントラスト豊かな明暗対比など、繊細さの中にビビットな感覚があります。

『秋水群雁図』(山口県立美術館蔵)

また、細くしなやかな線は、松林桂月さんの繊細な人間性をうかがわせるようです。

森寛斎(もり かんさい)

1814年3月2日生まれ、1894年6月2日没。

山口県萩市出身。

 

森狙仙、森徹山、森一鳳から続く森派の絵師。

尊王攘夷運動や長州の密偵として活動した経歴とは裏腹に、ほんわかした動物の絵を得意としています。

 

画風は日本画でありながら、どことなくキッチュな感じがあります。

『葡萄とりす』(山口県立美術館蔵)

かわいいリスの絵です。

この「葡萄とりす図」は、第1回内国絵画共進会で銀賞を受賞しました。

 

それを受けて、明治天皇、金刀比羅宮(香川県)らが同じ絵の制作を依頼しました。

小林 和作(こばやし わさく)

1888年8月14日生まれ、1974年11月4日没。

山口市の秋穂出身。

 

作品は主に風景画を描いています。

時期的にも、セザンヌのような、ポスト印象派に影響を受けていると見られます。

 

細かい表現を排除し、太い線で画面に切り込みを入れたかのような、ダイナミックな作風が特徴です。

『秋晴』(山口県立美術館蔵)

これまで紹介した画家とは違った感じで、「洋画」って感じですよね。

香月泰男(かづき やすお)

1911年10月25日生まれ、1974年3月8日没。

山口県大津郡三隅町(現 長門市)出身。

 

香月泰男の作品には、ストーリーがあります。

それは彼自身の体験によるものです。

 

香月泰男は戦時中、1945年にソ連に抑留されました。

捕虜として、シベリア、クラスノヤルスク地区のセーヤ収容所で強制労働に従事しました。

 

その原体験は「シベリア・シリーズ」など、創作のバックグラウンドとして強く反映されています。

筆者は「運ぶ人」という作品が好きです。

『運ぶ人』(山口県立美術館蔵)

真っ黒な塊の中にうっすらと浮かび上がる顔が不気味です。

よく見ると、男が何かを背負って運んでいる姿なのです。

 

強制労働中に、何か重いものを運ばされたのでしょうか?

 

香月泰男の作品は重たく冷たい真っ黒を基調に、無機質な世界が現前します。

しかし、そこに描かれているのは、苦しみや叫びといった人間の感情です。

 

キュビズミックな図画と、現実的なモチーフとのミスマッチ感が絶妙なメッセージ性を醸します。

『黒い太陽』(山口県立美術館蔵)

山口県長門市には「香月泰男美術館」があります。

また、山口県立美術館が多くの作品を所蔵しており、常設展として見ることができます。

桂ゆき(かつら ゆき)

1913年10月10日生まれ、1991年2月5日没。

東京府東京市本郷区出身。

生まれも育ちも東京で、山口とは縁遠いように思えますが、実は長州藩士の桂家の末裔です。

 

主な個展として、1980年 「桂ゆき展」山口県立美術館、1991年 「桂ゆき展」下関市立美術館などがあり、山口でも精力的に活動していました。

『欲張り婆さん』(山口県立美術館蔵)

桂ゆきの作品は、絵の具で描かれているよりも、布や新聞紙など、身の回りのものを貼り付けてコラージュした作品であるという印象が強いです。

写真では伝わりづらいかもしれませんが、実物を見ると、えもいわれぬ立体感があります。

難波平人(なんば ひらと)

1941年生まれ。

山口県熊毛郡上関町白井田出身。

難波平人さんは独特の暗い、モノクロームなタッチで、世界のあらゆる町の風景を描いています。

『深邃』(画像:こちらのサイトより転載)

現代の現実に存在する場所を描いた風景画なのですが、無機質なグレースケールゆえに、どこかSFのような世界観を感じさせます。


以上、今回は山口出身の有名な画家を、時系列で紹介しました。

今後、山口のアート界はどう進化してゆくのでしょうか?

山口にはメディアアートの先端YCAMがある!

メディアアートはいわばテクノロジーを用いた芸術。

そういうのばっかりやってる美術館。

何気に世界屈指。

問答無用のチェーンソーアーティスト林隆雄さん

チェーンソーで豪快に木を切って作られるかわいい動物たち。

山口のいたるところで見かけます。

筆ペン一本でミクロとマクロを表現する田村覚志(たむらさとし)さん

ぺんてる1本で描く世界。

まるで宇宙。

すごいんです。

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