先日、山口県立美術館に雲谷等顔展を見に行ってきました。

キャッチコピーがめちゃめちゃかっこいいんですよね。

「雪舟を継いだ男」

ですから。

もう少し、このキャッチコピーの秀逸さを語る

このキャッチコピーは秀逸だと思います。

雲谷等顔さんは何か凄そうだし、雪舟さんにもポイントが入るという。

「雪舟を継いだ男」って雪舟基準なんですよね。

そう考えると、雪舟さんはやはり偉大なパイオニアだったんだなと思います。

雲谷等顔…

実は筆者はこの人の名前は聞いたことがありませんでした。

もし、美術史の教科書に雪舟の横あたりに出ていてもマイナー過ぎて覚えれませんよね。

そこに「雪舟を継いだ男」というキャッチフレーズが入ることで、一気に浮上してきます。

これ考えた人、天才だなあ。

雲谷等顔を鑑賞した感想

画像:wikipediaより

感想としては、もろに雪舟の系譜にある水墨画でした。

繊細な表現とダイナミックな表現のコントラストが素晴らしいです。

例えば、雪舟と等顔の作品を二つならべて、「どっちがどっちだ?」みたいなクイズを出されたら、絶対に答えられない自信があります。

専門家やマニアじゃない限り、見分けがつかないほどです。

雪舟の後継者であり、「雲谷派」の開祖

雪舟の画法を受け継いだ流派は「雪舟派」ではなく、「雲谷派」と呼ばれています。

雲谷等顔は雪舟の弟子ではありませんでした。

等顔が生まれたとき、雪舟は既に死んでいたからです。

等顔は途絶えていた雪舟の系譜を復活させるべく、その技法を研究しました。

そして、等顔は「雪舟を継いだ男」になったのです。

等顔の後に続いたのが、雲谷等顔の息子たち、長男、雲谷等與(とうよ)、次男、雲谷等益(とうえき)で、さらに彼らの子孫が連綿と雪舟、そして雲谷等顔の意思を継いでゆきます。

雪舟は派閥を作らなかったので、「雪舟派」はありません。

しかし、雲谷等顔は息子たちにそのDNAを伝えることが出来ました。

そこには「雪舟」ではなく「雲谷」の名が代々残ったので、「雲谷派」と呼ばれるようになりました。

雲谷等顔は「雪舟を継いだ男」であり、雲谷派の開祖という、二つの世界の接続点のような役割を果たしたのです。

やっぱり凄い人だったんですね!

雪舟や等顔の作品は「引き」で見ると良い

西洋の美術って、わりと近くで見るのがオツだったりしますよね。

特に厚塗りの作品なんかは、美術館で間近で見て、その立体感をなめるようにして見るというのが、醍醐味です。

対して、雪舟や等顔の作品は、近くで見るよりも引きで見たほうが良いという事に気づきました。

画像:wikipediaより

とくに大サイズの山水図屏風などは5m~10m離れて鑑賞したときの立体感と現前性はため息ものです。

油絵は近づけば立体感を増しますが、雪舟や等顔の屏風はある程度距離を置いてみたほうが立体感が増します。

逆に、近くで見ても、墨で描かれているため、平面です。

油絵のかさぶたのような立体感はありません。

「水」と「油」の最大の違いです。

そもそも水墨画とは、油絵のような物質感ではなく、黒と白を使った光の表現なので、遠くから巨大な屏風を眺めて、光と闇、陰と陽のコントラストを楽しむのが正しい鑑賞法なのかもしれない!

これは新しい発見でした。

これこそワビサビの精神に通じます。