山口県山口市の阿東町にある須賀神社(すかじんじゃ)では毎年11月に「厄神舞(やくじんまい)」という神がかりの神楽が執り行われます。

「厄神舞」は夜間に行われ、私が調査に行った日は20時から行われました。

 

静まりかえる夜の境内に焚き火が焚かれ、開始時刻が近づくと観客たちが集まってきます。

近隣の村人たちを始め、我々のように遠方からはるばる訪れた人たち約50人の観客が集まっていました。

 

そこで行われるのは神秘的な神がかりの神楽というよりは、村人たちが手を叩いて祝う賑やかな祭禮といえます。

 

厄神舞(やくじんまい)とは?

 

「厄神舞」は山口県山口市の阿東町にある須賀神社に古くから伝わる神楽です。

基本的には全国各地によく見られる神楽で、猿田彦系の衣装をまとった舞人二人が、手に鈴と棒を持って、太鼓と笛のリズムに乗って決められた振り付けの舞を舞います。

 

しかし、厄神舞の特異点としてはそこに「神がかり」の要素が付随する点です。

そこでの「神がかり」は二人の舞人のうち一人に猿田彦の霊が神がかりし、神楽殿を飛び出して、本殿に駆け上がろうとするのを、村人たちが取り押さえて鎮めるといったものです。

 

村人たちは数人がかりで、神がかりした舞手を押さえ込み、御幣(ごへい)を振りかざして舞手に憑依した神を祓って正気に戻します。

猿田彦の霊が乗り移って、舞人が飛び上がった瞬間。

 

御幣について

御幣(ごへい)は神社においては神の依代として、あるいはお祓いの際に使用される道具です。

仕組みとしては、舞人に取り憑いた神の霊を御幣にうつし替える事で、神を追い出すのです。

神がかりしない場合もある

舞は一回につき5分〜10分程度で、何回も行われます。

最近はそうでもないようですが、昔は深夜まで行われたそうです。

しかし、毎回「神がかり」が起こるかと言えば、そうでもありません。

舞手によって、神がかりしやすい人とそうでない人がいて、必ずしも神がかりが起こるという事は無いようです。

阿東の「厄神舞」は世俗化した神秘の一端

「厄神舞」は一般的に、神秘的で荘厳な神事であるかのように、伝説化されています。

しかし、実態としては、悠久の昔から連綿と続く村の伝統行事です。

そこには宗教的な高揚感と文化人類学的な俗習とが融合した、日本特有の「世俗化した神秘」の一端を垣間見る事が出来ます。

なぜ「神がかり」は行われているのか?

なぜ、なんの変哲もない僻地で「神がかり」が神事が行われているのでしょうか?

 

この村が特別なのではありません。

ただ、この村は辺境の地にあったため、明治時代の「神がかり禁止令」を逃れただけに過ぎません。

 

「神がかり禁止令」以前の日本には、「厄神舞」に見られるような「神がかり」の要素を含んだ神楽や神事は日本各地にありました。

村人たちはただ、昔々から連綿と続く、村の伝統行事を受け継いでいるだけなのです。

観客に温度差がある

そのためか、地元の村人たちと、遠方から訪れた人の間では温度差が顕著な様子でした。

遠方から訪れる人は私達も含め、「厄神舞」に、崇高な神秘性を求めてやって来るでしょう。

 

しかし、実態としては全国どこにでもある、伝統神楽と同じ地平のものであるといえます。

一般的な村落の伝統神楽との決定的差は「神がかり」という極めて宗教的で神秘的なキーワードが付されているかどうかの部分にあります。

 

「神がかり」という、一般社会から断絶された、ある種の崇高なイメージだけが先行し、特殊な地歩を築いています。

氏子の人はビールを飲みながら手を叩いて舞人を鼓舞するように騒いでいて、他所の人はしかめっ面で荘厳な神事を期待しているような雰囲気でした。

そこには、明らかな温度差が感じられました。

厄神とは

厄神とは、災厄をつかさどる神の事です。

日本には現世利益をもたらす神に対する信仰とともに、災いをもたらす厄神に対する信仰が根強いです。

 

災厄をつかさどる神を祭ることで、災害や飢饉や不作などの災いを起こさないように祈願するという意味があります。

京都の祇園信仰がこれにあたり、厄神に対する信仰は主に関西で盛んです。

 

須賀神社のご祭神はスサノオノミコトです。

スサノオノミコトといえば、京都祇園(八坂神社)の祭神でもあり、厄神の棟梁ですので、「厄神舞」はそうした縁起に適ったものであるといえます。

 

日中はご祈祷が行われる

私達は「厄神舞」当日は日中に「ご祈祷」が行われると聞き、午後15時ごろに一度、須賀神社を参拝しました。

「ご祈祷」は本殿にて行われ、そこには宮司さん、手伝いの神職さん、総代さん二人が待機していました。

 

申し込み用紙に祈願を記入し、玉串料を納めると、宮司さんが祝詞を奏上してくれ、我々の祈願が取り次がれました。

お下がりはビニール袋いっぱいの紅白餅とお札をいただきました。

 

須賀神社は普段は閉まっているので、お札やお守りは何かあった時にしか授与されません。

筆者はお札コレクターなので、とても嬉しかったです。

柳田国男が山口で唯一調査したのが阿東嘉年

民俗学者の柳田国男さんが山口では唯一調査したのが、今回調査した「厄神舞」が行われている山口市阿東町の嘉年という地域だそうです。